アレクサンドロス大王 その2
遠征軍はエジプトでは解放者として迎えられました。
前331年初頭、ナイルの河ロに至ったアレクサンドロスはマレオティス湖と地中海にはさまれた地峡にティロスに代わる一大港市を築くよう命令を下し、自己の名にちなみその都市をアレクサンドリアと命名します。
すでにイッソスの戦い後そのすぐ南のミュリアンドロスという地(現在のイスケンデルン?)に同じ名の都市を築いているのですが、エジプトのアレクサンドリアの方が栄えてしまったためあたかも後者の方が元祖であるかのように勘違いされることが多いようですね。
前330年、ダレイオスの死去とともにアケメネス朝は滅亡・・・。
しかしアレクサンドロスはそれで兵を収めることなく、軍神にでも取りつかれたかのように新たな敵と征服地を求め中央アジア、インドへとさらに進んでいきます。
征服した各地に、彼の名を冠した新都市がつぎつぎ建設されていきます。
アフガニスタンのヘラート・カンダハールもこのとき生まれた都市で、それぞれアレクサンドリア・アレイア(アーリアのアレクサンドリア)、アレクサンドリア・アラコシオルム(アラコシアのアレクサンドリア)と命名されました。
タジキスタンのフジャンドはアレクサンドリア・エスカタ(いや果てにアレクサンドリア)と命名されますが、その名に違わず大王はそこを彼の帝国の北東端と定めたのでした。